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2008年7月19~21日 横浜シーサイドハムクラブ上海市移動運用(CQ誌2008年10月号に掲載)

2008.07.21(14:21) 29

横浜シーサイドハムクラブ上海市移動運用報告

 来年2009年に横浜は開港150周年を迎えます。また、YSSCは創立25周年を迎える年でもあります。この時期に「何か記念のイベントができないか」とメンバーたちは考えていました。

 そこへ、当クラブ会員で上海在住の陳氏(BD4CFT)から、「上海で記念運用をしたらどうですか?」「私が中国で運用できるように手配してあげますよ。」とお声を掛けていただきました。

 「海外運用!!」「それも、中国で!!」「上海は横浜と姉妹都市の関係だし、いいアピールになる!」 といっきに話がまとまりました・・・。しかし、メンバーは皆、海外運用の経験がありません。それに、外国人アマチュアの運用をあまり聞かない「中国」です。隣国ですが、不安がありました・・・。

 しかし、我クラブ自慢のBD4CFT陳氏はそんな我々日本メンバーの不安を払拭してくれました。

 まず、写真の「中国での運用ライセンス」の手配をしていただきました。(申請方法は別に記事を掲載予定)

 日本から、運用予定者のパスポートのコピーと従事者免許証のコピーを送りました。中国では外国人が個人でアマチュア局を運用することはできません。(例 JL1KBS/BY4とかは不可!)中国のクラブ局のゲスト運用という形で許可されます。そこで、陳氏のお知り合いで、上海無線界の第一人者ともいえるBA4AA 徐 儒 先生が元台長を務めていたクラブ局BY4HAMで運用できるよう手配をしてくれました。実際に波を出すときのコールサインは例えばJL1KBS/BY4HAM となります。実際このコールサインで運用しました。

 次に、QSLカードです。横浜開港150周年と当クラブ創立25周年を日本語・英語・中国語で表記、背景は横浜港・ベイブリッジに客船の写真、そして、横浜開港150周年のロゴの使用許可を取って出来上がりました。(写真)


 さあこれで、上海で「横浜開港150周年」記念の運用を行う準備が整いました。

実際には日程等の都合で、会長のJL1KBS 和田 と JP1STX 平井 の2名が上海に向かうことになりました。日本からは50Mhz 4エレメント八木アンテナを持参することにしました。


出発日 平成20年7月19日 (1日目)

 私たちは、羽田空港からの日航便で上海虹橋空港に到着したのが、2008年7月19日の昼過ぎ・・・。折しも、台風7号が中国大陸、それも、上海に近付いているさなかの到着でした・・・。無事に上海虹橋空港に着き、入国手続きを済ませ、上海市内の高速道を走ります。高層ビルがあちこちに見えます。高速を降りると、一般道はあちこちで工事工事・・・。道は決して平たんではなく、凸凹のアスファルトもところどころに見えます。(さすがに高速道はきれいな道でしたが・・・)

(上海市内高速道)
 
 また、古い建物はあちこちで取り壊され、無造作に積まれている廃材があったり、重機やボーリング機などがあちこちに見えます・・・。昭和の高度成長期の東京を彷彿とさせる様相です。上海のホテルにチェックインのみして、いざ運用予定地へ出発します。途中、BD4CFT 陳氏の地元上海のハム仲間10名が430Mhz FMで連絡を取り合い、次々と合流します。

 当初は、上海市の北、長江に浮かぶ崇明島での運用を計画していましたが、この台風接近で予定変更、車は上海市を東南へひた走り、上海市中心部から約80キロ離れた、(といってもまだ「上海市内」なのですが・・・!)海沿いの「南海公園」へ行きました。この公園は、東シナ海を望む場所で、これからホテルなどの建築計画が進んでいる開発途上の観光地です。まだまだ、周りに湿原が広がっています。しかしここもシャックとなる建物があまり良くなく、ここから少し内陸に入った「滴水湖」に変更となりました。写真のとおり、こちらは、ウインドサーフィンやヨットなどの海のスポーツを目的とした場所です。ここにある「滴水湖海上運動倶楽部」の建物の「応接室」が、今回の移動運用のシャックになりました。(BD4CFT陳氏の交渉に感謝!)

(滴水湖)

 さあ、早速アンテナの設営からです。台風が次第に接近してきており、風がとても強くなりだしましたが、我が上海のハム仲間はその中をものともせず、728のダイポールアンテナ(通称「バンザイアンテナ」)をスイスイと上げてくれました。びっくりしたのは、中国軍事品払い下げという、12mの伸縮ポールであっという間に高々とアンテナがあげられたことです。私たちが日本から持参した50Mhzの4エレメントHB9CVアンテナも設置して準備万端!!いざ、お空へ電波を発射です!!

 現地時間17時ごろから、HF(短波)14Mhzでの運用が始まりました。 コールサインはJP1STX/BY4HAM及び JL1KBS/BY4HAMです。最初30分ほど運用したところで、「さぁ、食事に行きましょう」ということに・・・。近くの「食堂」に行きました。(店の名前はよくわかりません。名刺をいただいてきました。⇒写真上)

  

  

(BD4CFT 陳氏は一番左)

 彼ら、上海ハムとの交流食事会の始まりです。BD4CFT陳氏の上海の友人たちは、自営業、警官、料理店オーナーなどなど様々な職業の多彩な面々です。とても気だてがよく、フレンドリーで、すぐ私たちも彼らの中に溶け込むことができました。年齢も30代から40代の私たちとほぼ同年代の彼らと、言葉の壁も感じさせないほど和気藹々とした雰囲気で楽しい時間を過ごすことができました。

国も言葉も違えど、同じ趣味を持つ仲間としてこうした交流を持てることに「アマチュア無線」の素晴らしさを改めて感じたひとときでした・・・・・・。

 さて、気がつくと夜はもう現地時間20時を回り、宴もたけなわ状態でしたが、そろそろお開きということに・・・。お互いのクラブ旗を持って記念撮影でとても楽しかった宴が終わってしまいました。

 (んー残念・・・)このまま、シャックに戻っても、気持ちよく飲んで寝てしまう、いつものYSSCの「運用そっちのけ」スタイルかな・・・。と私たちは半ばこの後、夜の運用は諦めていました。「滴水湖」のシャックに戻って運用再開したのは現地時間21時前(日本時間22時前)。「さすがに50Mhzは静かだろう・・・。」とリグを50Mhz帯に合わせると・・・。なんと、JA(日本のアマチュア局)がガンガンに入ってきているではありませんか!! 「CQ CQ CQ こちらは JL1KBS/BY4HAM・・・」CQコールの後のJAからのパイルアップが・・・。この後、眠気も吹き飛ぶ「怒涛の2時間」が待っていました。

 普段、パイルアップに慣れていない私たちは、冷や汗をかきながらの運用でした。この日は強力なスポラディックE層(地球をとりまく電離層の一種で夏季などに突発的に発生する電離層。特に50メガヘルツ帯などVHFの電波を反射する為、通常聞こえない地点の局のとの交信が可能となる)が深夜まで発生していたらしく、現地時間23時(日本時間午前0時)までこの日は50メガでJAとの交信ができました。

 平成20年7月20日 (2日目)

 翌朝も現地時間5時起床。期待の50メガヘルツは早朝から予想通り(?)開けています。JAとの交信が再開です。途中、神奈川県三浦市で待機していた当クラブのメンバーJK1WQE 酒井氏、JQ1UCA 津島氏 そして、JJ1ZBO当クラブ局とも交信に成功しました。その後、21メガヘルツ帯、14メガヘルツ帯に変波して主にJAとの交信を行いました。 
 そしてこの日は、今回のクラブ局BY4HAMの運用をご快諾いただいたBA4AA 徐儒 先生に「滴水湖」までお越しいただき、14メガにて交信をしていただきました。徐儒先生は現在、後進の無線技術者の指導を行っており、お忙しい中ですが、来て頂きました。そして、その徐儒先生を慕い、尊敬しつつも、親しげに意見交換している彼ら「上海ハム」の姿に私たちは感動を覚えました。
 日本では、なかなか若い世代のハム自体がここまでエネルギッシュでないのと、先輩ハムとの交流が少ないのではないかと感じました。
 徐儒先生に日本から持ってきた「CQ出版社」の文献をプレゼントし、シャックにて記念撮影。(写真)

BA4AA 徐 儒 先生)

 その後、昨日行った「食堂」で昼食会です。ここでは、JP1STX 平井氏の持参した30年程前の「北京放送」のペナントやベリカードなどが披露され、徐儒先生を囲んで、楽しいひとときを過ごすことができました。徐儒先生も「いつも、こうして若い世代と話をして、元気をもらっているんだよ」と話されていました。(写真)

 その後、徐儒先生のハムショップとBY4AA固定局の訪問を約束し、徐儒先生とお別れし、シャックに戻った私たちは、現地時間16時過ぎまで運用しました。

 本当に楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去ってしまうものです。まだまだ運用したかったのですが、止む無く撤収です。撤収も上海ハムの手際よさが光ります・・・。
 JL1KBSJP1STX両局でこの2日間で主にJAの局中心に約360局との交信ができました。パイルアップでなかなか「横浜開港150周年」のアピールはできませんでしたが、有意義な移動運用を行うことができたと思います。そして、日本より交信していただいた各局様、有難うございました。また、せっかくお声掛け頂きながら交信できなかった各局様、申し訳ございませんでした。次回、上海移動運用もきっと実施いたしますので(いつか?)、また、お声掛けくださいませ。

 ホテルに戻った私たち2名は、夜の上海に繰り出します。BD4CFT陳氏に教えてもらった、豫園周辺へタクシーで向かいます。ドライバーのモラルが違う上海は、皆「我先に」行こうとします。特に、地を走るような感じの床の低く、クッションを抜いてしまったようなタクシーは私たちを乗せて、混雑した市街地を「爆走」する訳です・・・。少しの隙間でもあれば、割り込んでいきます。1秒でも早く目的地に着こうとします。おかげであっという間に着きましたが・・・。怖かったです・・・。

 豫園商城では土産を値切り買い、 「南翔饅頭店」 で小籠包(しょうろんぽう)を食し(すごい混雑でしたが根性で食べてきました。美味です。)腹ごなしに豫園周辺を散策、途中、怪しいまがい物売りに何度も声を掛けられつつ、「新天地」まで歩き、そこから近くの電気店を冷やかしに訪問。上海の「ヲタク」を見物し、夜はすっかり暮れて、歩き疲れた私たちはまたも「爆走」タクシーでホテルに帰りました・・・。 

 

  (上海の夜)

 平成20年7月21日 (3日目)

 さあ、最終日です。今日は、BY4AAを訪問します。徐儒先生と待ち合わせの場所まで、また「爆走」タクシーで向かいます。上海は平日なので朝から道は通勤の車でラッシュ状態です。



 この日乗ったタクシーは、携帯電話で大声で奥さん(?)と喧嘩しながら運転しています。もちろん「爆走」ですから私たちも気が気ではありません。途中、交通事故も目撃し、恐怖に慄きつつ目的地に・・・。

 徐儒先生、BD4CFT陳氏と程なく合流、まず、徐儒先生のハムショップにお邪魔しました。

 その後、その2階にあるBY4AAへ・・・。そこにはBY4AAの台長 BA4EH 陳先生と2名のスタッフがいらっしゃいました。 いま、この建物は改装中のため、仮局舎とのことですが、立派なアンテナが屋上にそびえています。陳先生は、2010年に開催される上海万博を機に、東南アジアのハムを中心としたアマチュア無線のネット「SEANET」が毎年行っている「SEANET CONVENTION」を2010年に上海で開催できるよう、今年のマレーシアでの会合で提案するとのことでした。また、是非2010年の万博の時期に上海に来て下さい、とのこと。その他、北京オリンピック記念局や、2009年が横浜開港150周年であり記念イベントが予定されている話題などしばし無線談義に花が咲きました。

(真中がBA4EH 陳先生)

BD4CFT陳氏(右奥)の通訳で)

 その後、私たちは、BD4CFT陳氏の案内で、虹口区にある電気街を訪問しました。それは、ひとつの建物の中に様々な電気関係店舗がある雑居ビルで、秋葉原の「ラジオセンター」を彷彿とさせる場所でした。電子部品・ジャンク類・ハンディー機の店が所狭しと並んでいます。興味のある方なら1日いても飽きないような場所です。もっと、見学していたかったのですが、そろそろフライトの時間も迫ってきました。(残念・・・)

  

「ラジオセンター」を後に、私たちは上海虹橋空港へ向かいます。

 虹橋空港で、次回の再訪問を誓い、陳氏と別れ日本へ飛び立ちました・・・。

そして、日本に戻って・・・

 今回、YSSCの初めての海外遠征は、我YSSCの上海在住会員 BD4CFT 陳氏がいなければ、ありえなかったことでしょう。陳氏のコーディネートによる「上海移動運用パッケージツアー」なる商品化(?!)可能なほどです。(笑) そして、徐儒先生の多大なるご尽力によりBY4HAM外国人初移動運用が実現しました。そしてなにより、忙しい中お集まりいただき、エネルギッシュに活躍し、親切にしていただいた若手上海ハムの面々・・・。皆さんに本当に感謝いたします。有難うございました。


 



横浜シーサイドハムクラブ(JJ1ZBO JARL登録11-1-065 横浜のハムサークル)


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